山口美咲競泳のプロフィールや経歴は?リオ五輪に臨む決意!

競泳女子400mリレーのメンバーの山口美咲選手のプロフィールや経歴が気になりますね。

山口美咲選手は2大会ぶりに出場するリオ五輪の競泳種目に強い決意で臨んでいます。

今回は、このリオ五輪が自分の競泳人生の「集大成」になると語る山口美咲選手についてまとめてみました。

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山口美咲選手のプロフィール

名前:山口美咲(やまぐちみさき)

生年月日:1990年1月20日

出身地:長崎県諫早市

身長:165cm

体重:60kg

血液型:A型

出身高校:近畿大学付属高校

出身大学:近畿大学

所属:イトマンSS

出場種目:リレー

山口美咲選手の経歴

水泳コーチだった両親の影響で、生後10ヶ月(!)から水に親しみました。

オリンピック選手になるくらいの人達は、その競技を幼少の時期から始めていることが多いですが、せいぜい5歳からとか小学校からとかですよね。

生後10ヶ月からというのは、僕が知った限りでは最年少ですよ。

諌早市立真城中学校2年生のとき、13~15歳女子100m自由形で日本一になります。

大阪の近畿大学付属高校時代に、全国高校総体女子50m自由形で2連覇を飾りました。

近畿大学に進み、2008年北京五輪女子800mリレーで7位入賞します。

2009年に女子100m自由形の当時の日本記録(54秒43)を樹立しました。

世界選手権は4度出場しています。

山口美咲選手がリオ五輪に臨む決意

競泳女子400mリレーのメンバーとして2大会ぶりに出場する山口美咲選手は、栄光も挫折も味わってきました。

競泳陣代表最年少の18歳で初出場した2008年の北京大会は、800mリレーで7位入賞。

華々しく五輪デビューを飾りましたが、12年ロンドン大会は代表落ちしました。

今回が26歳で迎える2度目の大舞台です。

これが集大成になる」と、山口美咲選手は強い決意でリオデジャネイロ大会に臨んでいます。

北京オリンピック以降、浮き沈みの激しい8年間でした。

ロンドン大会に向けた期待の存在で、自覚もあったそうです。

2009年の新潟国体100m自由形で当時の日本新記録をマークして、周囲の期待はさらに高まりました。

しかし、翌年春の日本選手権は予選落ちして、目の前が真っ暗になったそうです。

期待に応えようとする使命感が重荷となり、タイムも伸び悩みました。

2011年は世界選手権代表に復帰しましたが、肝心のロンドン大会は代表から外れました。

現地の興奮を伝えるテレビは悔しくて観られなかったそうです。

水泳コーチだったお母さんに「五輪に出たし、日本新記録も出した。もうやめてもいいかな」と打ち明け、2014年秋の長崎国体を最後に引退することを決めました。

しかし、親友がその引退を許しませんでした。

2014年春、仲のいい松本弥生選手(ミキハウス所属)から「リオ五輪でリレーを組みたい」と言われ、悩んだ末に再び続行を決意しました。

迎えた今年4月の日本選手権女子100m決勝。

リレーメンバーの代表選考を兼ねたレースで、3位の松本弥生選手に次ぐ4位でした。

見事に代表入りを決めると感極まり、松本弥生選手と抱き合いました。

挫折を味わったからこそ、その輝きはひときわ増します。

「自己記録(54秒1)を更新し、53秒台を出したい。そうすれば、日本新が見えてくる。必死にやった結果がメダルにつながればいい」と、山口美咲選手。

競泳人生のすべてを懸けた最高の舞台で、持てる力を存分に発揮してもらいたいですね。

山口美咲選手のまとめ

山口美咲選手が水泳を始めたのは生後10ヶ月。

中学2年生で100m自由形で日本一になります。

高総体は50m自由形で2連覇。

最年少18歳で北京五輪に出場するも、12年ロンドン五輪は代表落選。

失意で引退を決意するけど、松本弥生選手からリレーを誘われ再び水泳魂に火がつきます。

2016年4月の代表選考を兼ねたレースで4位に入り、リオ五輪切符をゲットしました。

若手の有力選手が台頭してきた競泳女子ですが、五輪を経験したことがある山口美咲選手がメンバーを引っ張っていって欲しいですね。

今回の記事が皆さんの参考になれば幸いです。

まさきちでした。

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